理由③「マルチペン3.7組問題」──ファン行動が事務所の壁を無効化した
経営数値だけでは、30年間の敵意を乗り越える説明として十分ではない。4社が「壁を取り払う」決断に至った背景には、ファン行動そのものの構造変化がある。
韓国音楽産業協会が2025年に発表した調査によると、K-POPファンが「推し」として積極的に応援するグループ数の平均は3.7組。しかもその内訳は事務所横断的で、「HYBEのSEVENTEENとSMのaespaとJYPのStray Kids」といった組み合わせが標準化している。いわゆる「マルチペン」(複数グループのファン)はもはや例外ではなく主流だ。
ところが4社はそれぞれ独自のファンプラットフォームを運営してきた。SMは「bubble」、HYBEは「Weverse」、JYPは2024年1月ローンチの「FANS」、YGは「WELAAA」──マルチペンのファンは推しのために4つの異なるアプリをインストールし、4つの異なる課金体系に支払いを行い、4つの異なるUIを使い分ける必要があった。
このプラットフォーム分断は、もともとファンを自社エコシステムに囲い込む戦略だったが、マルチペンの浸透により逆効果となっていた。分断がファンのフラストレーションを生み、「どのプラットフォームにも課金しない」という選択肢が広がりつつあったのだ。FANOMENONが提示する「事務所の壁のないリアル体験」は、デジタルでは解消できなかった分断をフィジカルイベントで一気に突破する試みといえる。
BTS、BLACKPINK、aespa、TWICE、Stray Kids、SEVENTEEN、NewJeans、ENHYPEN、LE SSERAFIM、TREASURE、BABYMONSTER──これらのアーティストが同じステージに立つ光景を想像してほしい。マルチペンにとって、それは「夢のセットリスト」がリアルになる瞬間だ。ファンがすでに事務所の壁を越えている以上、事務所側がその現実に追いつくのは時間の問題だった。
理由④「国策」としてのFANOMENON──大統領直属委員会が動いた背景
FANOMENONが単なる企業間コラボレーションと一線を画すのは、韓国政府が国策として後押ししている点にある。JYPエンターテインメント創業者のJ.Y. Parkが大統領直属「大衆文化交流委員会」の共同委員長として企画の中心を担っていることは、この事業の性格を如実に示している。
なぜ政府が動くのか。韓国にとってK-POPは単なるエンターテインメント産業ではなく、国家ブランド戦略の中核インフラだからだ。韓流コンテンツの輸出額は2024年に過去最高を更新し、K-POPは韓国の対外イメージ形成と観光誘致において圧倒的な貢献をしている。しかし、グローバルな音楽フェスティバルの世界地図を見ると、コーチェラ(米国)、グラストンベリー(英国)、サマーソニック(日本)、ロラパルーザ(複数国)──K-POP発祥国である韓国には、世界的に認知されたフェスブランドが存在しない。
FANOMENONは、この空白を埋める国家プロジェクトとしての側面を持つ。4社均等出資の合弁会社が運営主体となり、将来的にはK-POP専用の世界水準公演施設の建設も長期目標に掲げている。公正取引委員会への企業結合申告が必要になった事実自体が、この事業の経済的インパクトの大きさを物語っている。HYBEは資産5兆ウォン超の大企業集団に指定されており、SMはカカオグループの系列会社──規制当局が審査するレベルの合弁事業を、政府が推進しているのだ。
ここには地政学的な計算もある。K-POPの最大市場は日本と東南アジアだが、中東・中南米・アフリカといった新興市場での浸透はまだ発展途上だ。政府の後ろ盾があることで、ビザ・インフラ・安全保障面での外交的支援を受けながら、フェスを世界各地で開催できる。コーチェラが「カリフォルニアのフェス」であるように、FANOMENONを「韓国のフェス」として世界に定着させる──それは音楽産業の枠を超えた文化外交戦略だ。
理由⑤「第5世代の共倒れリスク」──競争激化が生んだ逆説的な連帯
最後に見落としてはならないのが、K-POP市場の過密化という構造問題だ。2024〜2026年にかけて、各社から大量の新人グループがデビューしている。HYBEはILLIT、KATSEYE、TWS、&TEAM、BOYNEXTDOOR。SMはRIIZE。JYPはNMIXX、NEXZ。YGはBABYMONSTER。さらに独立系からもメタバース系やサバイバル番組出身グループが次々に市場に参入している。
「第5世代」の乱立により、新人グループ1組あたりの市場パイは確実に縮小している。ミリオンセラー達成の難易度は急上昇し、デビュー1年以内に活動休止や事実上の解散に追い込まれるケースも増えている。4社とも莫大な練習生育成コストを投下しながら、投資回収の確率が下がっている──つまり全員が消耗戦を戦っている状態だ。
この状況で4社がたどり着いた答えが、「競争の場とは別に、協創の場を持つ」という二層構造だ。普段のカムバック競争やチャート争いは従来通り続ける。しかしFANOMENONという「共通の舞台」を持つことで、K-POP全体のブランド価値を底上げし、パイそのものを拡大する。個々のシェア争いの前に、まず市場全体が成長しなければ全員が沈む──フィジカル19.5%減という冷酷な数字が、その現実を突きつけた。
これは実は、K-POP以外の産業では珍しくない戦略だ。日本の自動車業界では、トヨタとスバルが共同でスポーツカー(GR86/BRZ)を開発し、ゲーム業界ではソニーと任天堂がクロスプレイに対応した。市場の成熟期には、競合同士が「業界全体の維持・拡大」のために部分的に手を組む──FANOMENONは、K-POPがその段階に達したことを意味している。
「禁断の共闘」が問いかけるK-POPの次の30年
整理すると、4社がFANOMENONで同じステージに立つ理由は、単一の要因ではなく5つの構造的圧力の同時作用だ。
- フィジカル売上19.5%減──既存ビジネスモデルの限界
- ライブ収益の逆転──コンサートが新たな主軸に
- マルチペン3.7組の常態化──ファンがすでに事務所の壁を越えている
- 国策としての後押し──韓国版コーチェラの国家戦略
- 第5世代の過密化──競争激化による共倒れリスク
これらが同時に重なった2026年という時点は、偶然ではなく必然だった。BTSの完全復帰、BLACKPINKの活動再開──レジェンドたちが揃って戻ってくるこのタイミングだからこそ、フェスの「初回」に最大級のインパクトを持たせることができる。
もちろんリスクもある。4社は「イニシアティブは初期段階にある」と強調しており、運営権の配分、収益シェア、アーティストの出演交渉、そして公正取引委員会の承認と、越えるべきハードルは多い。過去にK-POP業界で試みられた事務所間コラボが長続きしなかった事例も存在する。
それでも、K-POP30年の歴史でただの一度も並ばなかった4社の名前が同じ法人登記に刻まれた──その事実の重みは、あらゆる懸念を凌駕する。FANOMENONが成功すれば、K-POPは「事務所間競争の産物」から「産業全体の協創プラットフォーム」へと進化する。それは競争を否定するのではなく、競争の上位レイヤーに協創を置くという、成熟した産業への転換だ。
2027年12月、韓国のどこかのステージに、BTS、BLACKPINK、aespa、SEVENTEEN、Stray Kids、TWICE、NewJeansが並ぶ。その光景が実現したとき、K-POPの次の30年が始まる。
情報元:Billboard、The Korea Times、Music Business Worldwide、allkpop、韓国公正取引委員会公示
※本記事は2026年04月19日時点の情報です
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